1980年から2018年にかけての出会い系の歴史|流行と法規制

この記事では、1980年代から2018年までの「出会い系」の歴史を解説しています。

みなさんは「出会い系の始まり」がいつで何だったのかご存じでしょうか?

そもそも出会い系の始まりは「電話を使った出会い」でした。

まさにインターネットが普及しきっていない80年代から90年代までは電話を使った出会いが中心だったのです。

今の世代の方は「スマホもインターネットもないのに電話を使ってどうやって出会っていたの?」と不思議に思うかもしれません。

では、電話を使ってどのように出会っていたのかを歴史順に見ていきましょう。

1980年代

テレクラ(テレフォンクラブ)

いまだに存在していますが、最も初期からあるのがテレフォンクラブ、通称テレクラです。

80年代初期からはじまり、男性は入店すると電話が設置してある個室に通され、そこで電話がなるのを待機することになります。

女性は電話ボックスなどから電話をかけ、早い物順で店側が両者の回線をつなぎます。

何を話すかは自由なのですが、多くの場合は「出会い=援助交際」のために使われ、電話口で交渉し待ち合わせ場所を設定して出会うシステムになっていました。

値段は時間ごとによるのですが、1時間2,000円で、2時間だと3,000円になるといったように長い時間滞在する方がお得な料金体系になっています。

1985年の風営法改正(厳密には施行が85年で改正は84年)によって風俗業界全体の規制が強化されたのですが、テレクラは規制対象外だったので注目され流行しました。

伝言ダイヤル

1986年に当時のNTTが開始したサービスでいかがわしいものではありませんでした。

しかも、このサービスは2016年2月29日まで継続していた歴史あるサービスです。

プッシュホン形式の電話で6~10桁の連絡番号(ボックス番号)をダイヤルし、その後に4桁の相性番号を入力すると伝言ボックスに接続することができました。

イメージとしてはパスワードつきのチャット部屋のようなものでしょうか。

しかしながら、1つの連絡番号に保存できるメッセージは10件までで、かつ8時間経過すると古い順に消えてしまうといったシステムでした。

これも「出会い」に活用され、友達や趣味の仲間、性的なパートナーなど誰かと「出会いたい」人たちに利用されました。

テレクラと違い、自宅からでも利用できたため雑誌や公衆電話の張り紙を通じて様々な人たちが出会うことができるようになっていました。

ダイヤルQ2

1989年にNTT東日本/西日本がサービスを開始しました。

本来は電話による有料情報サービスの情報料金を電話料金と一緒に回収するというサービスで、当初はニュースやテレフォン相談といった利用を想定していたのですが、ほどなく成人向けの情報提供業者が目をつけ、課金料金の上限一杯である3分300円といった高額料金で男女のわいせつな会話、音声、ツーショットダイヤル番組、テレフォンクラブなどを提供にするようになりました。

プッシュ回線式の電話から指定された番号に電話するだけで情報を得られるということで爆発的な人気を得るようになったのです。

ツーショットダイヤルはこのQ2のシステムを利用したもので、男性側はQ2で接続し、女性はフリーダイヤルを使って接続するという今でも出会い系サイトで主流である「女性無料」の形をとっています。

プッシュ捜査で通話相手を変更することもでき、気軽に利用されました。

援助交際目的の利用が増え続け、未成年相手の淫行の温床となったり、若年層が長時間利用したことによる高額請求が社会問題となったため、1991年にNTTが規制を行うようになりました。

すると業者は規制に対応するべく、男性の利用料金の課金方式を銀行振込やクレジットカード決済を利用した利用ポイント制に切り替えて(一般回線を利用して)事業を継続したり、国際電話回線を試用した際の利益の還元を利用した方法を用いたり、抜け道を模索することとなります。

また、このツーショットダイヤルに関しては、女性のサービス利用者の拡大に課題があり、雑誌広告や街頭配布ティッシュなどでは女性の利用数をうまくのばせず、男性の需要に追いつかなかったり、長時間の会話を維持できなかったため、女性向けの求人誌に対してサクラの求人を出すなどしていました。

1990年代

ポケットベル(ポケベル)

実際にサービスとして提供されはじめたのは、1968年という古い時代になります。

しかしながら、非常に高額なサービスで民間の利用には適さず、業務用の利用が主なものでした。

初期型はディスプレイもなく、通知がなったら電話ボックスから会社に折り返すなどのような用途に使われました。

しかし、1989年にディスプレイ型のポケットベルが発売され、1990年代に入ると個人契約が進むようになりメインユーザーが女子高生になりました。

数字のみを送信できるような貧弱な仕様でしたが、「14106=アイシテル」のように数字の語呂合わせでメッセージを送る言葉遊びが1992年頃から流行しはじめ、個人間でたわいないメッセージを送り合う道具として急速に普及しました。

やがて、数字だけではなくカタカナやアルファベット、絵文字のフリーメッセージが画面に表示でき、着信メロディに対応したものが1994年頃からリリースされるようになりました。(実は1991年から一部機種では対応していたが、有料オプションだったのと対応機種が少なかったため普及しなかった)

ポケベルにメッセージを送るために公衆電話に行列ができたり、メッセージを送り合うだけで会ったこともない友達を「ベル友」と読んだり、出会いが活性化した時代でもあります。

特に「ポケベル/ルーズソックス/プリクラ手帳」は女子高生の三種の神器と呼ばれるくらいの地位になる、ほぼマストアイテムとして重宝されていました

しかし、1994年から携帯電話やPHSの個人向け普及が始まるとポケベルは1996年をピークに、徐々に衰退していくこととなります。

1998年には既に高校生を除く10代後半から20代前半ののコミュニケーションツールは携帯電話となっていましたが、まだまだ高価であったことと、親から買い与えられることが少なかったため、中高生に関してはまだまだ主流のツールでした。

プリント倶楽部(プリクラ)

1995年7月に発売された「顔や姿をカメラで撮影して、シールに印刷された写真を手に入れる」ための機械がプリント倶楽部、通称プリクラです。

実は「プリント倶楽部」と「プリクラ」は商品名および商標で現在はセガホールディングスが所有しています。

なので、他社が出している類似商品は「プリントシール機」「写真シール機」といったような名称です。

女子高生や若い女性を中心にブームになったのが1999年頃で、これがなぜ出会いのツールになるかというと、プリクラにポケベル番号や携帯電話番号を書き込み、カラオケやゲーセン、または公衆電話のガラスに貼ることで出会いを促進したためです。

プリクラの登場によって「知らない人同士が出会う」といった文化がさらにカジュアルになったと言ってもいいでしょう。

PHS/ケータイ(ガラケー)

この時代は、ガラケー(ガラパゴス携帯)などと呼ばれているわけも無く、皆が携帯電話をケータイと呼んでいました。

PHSは1995年にサービス開始し、当時の携帯電話に比べ、音質が良い、データの転送速度が速いと言われていました。

携帯電話も1990年半ばより第2世代携帯電話(2G)のサービスが始まり利用者数の増加が始まります。

ポケベルに比べて圧倒的に便利なそれは若い世代を中心に普及しますが、前述の通り中高生が持つにはまだ早かった時代でもあります。

Windows95+インターネット(テレホーダイ)

実はWindows95も出会いの立役者と言って良いでしょう。

これ以前のパソコンは一般家庭に普及しているとは言いづらく、出会いに関しても「パソコン通信」が主流でした。

しかしながら、Windows95の登場により様々な家庭にパソコンが置かれはじめ、家庭からインターネットへ接続するようになります。

当時は費用固定回線などありませんでしたから、多くの家庭がテレホーダイ(23時から翌日8時まで固定料金となる)を利用し、インターネットを利用していました。

1995頃には既に「出会い系サイト」はインターネット上に存在しており、様々な男女の出会いを取り持ったと言われています。

そうなると、インターネット上での出会いが急激に加速化していくこととなります。

2000年以降のインターネット時代の出会い系

掲示板型/チャットルーム型

インターネットの黎明期は様々なサイトに掲示板やチャットルームが設置され、出会いの場となっていました。

夜な夜な人が訪れて様々な雑談をしてみては、会ってみようとなりオフ会を開いたりというようなことが起きていました。

オープンコミュニティサイト(エキサイトフレンズなど)

そうした個人のサイトが乱立する中でも「出会い」を売りとしたサービスは広がりを見せ、友達作りコミュニティサイトが流行りました。

その中でもかなりの人数が登録していたのが1999年にリリースされた「エキサイトフレンズ」でしょう。

自己プロフィールを記載し、メールのやりとりができるという「出会い系サイト」の基本機能を踏襲しています。

月額利用料金を支払うと、まだメールしたことがない相手にもメールすることができるという機能が使えるようになり、趣味友探しから恋人探しまで非常にはかどるツールとなっていました。

会員制出会い系サイト

エキサイトフレンズのようなコミュニティサイトとは異なり、会員制の出会い系サイトも非常に流行りました。

チャット/メッセンジャーツール

ICQのようなインスタントメッセンジャーが登場し、これらでも人が繋がるようになりました。

チャットルームなどで相手を募集し、メル友やチャットHの相手を探すようになったのです。

アプリ利用の進む2010年以降の出会い系

非常に高速な4G回線やWifiなどの普及が進むと共に、ガラケーからスマホへの転換が起きたのもこの時代でした。

とはいえ、2010年はまだまだmixiやGREE、モバゲーといったサービスは全盛期で、ゲームも怪盗ロワイヤルやドリランドが流行っていた時代です。

LINE(2011年~)

iPhoneが大ヒットしたことを皮切りに、ガラケーからスマホへの移行が一気に進みました。

当時、LINEはガラケーでもサービスをしていましたが、正直使い物になるレベルではなかったです。

しかしながら、「電話とメールが無料」という至極便利なアプリ版はあっという間に普及し、日本のシェアを抑えてしまいました。

LINE単体では出会いを見つけることは難しいものの、掲示板やSNSで出会ったユーザーがすぐにLINE上での個人コミュニケーションを行えるようになったことは「出会い」に大きな影響を及ぼしているでしょう。

カカオトーク(2010年~)

本国である韓国ではLINEではなくカカオトークが主流です。

しかし、日本ではLINEより先にリリースされたのにも関わらずシェアを伸ばせずあくまでも補助的なツールとなっています。

個人でLINEのIDを複数もつことは難しいため、出会い系では代わりにカカオのIDを教えることが増えています。

Skype(2004年~)

実は2004年くらいから存在しているツールで、当初よりビデオ通話にも対応していましたが回線が高速化するまではあまり使われていませんでした。

その代わりPCを利用したグループチャットなどは便利であったため、Skypeで連携しながらゲームをするといったようなコミュニティで活躍しました。

現在も、ニコ生やツイキャス、YouTubeライブといった生配信サービスにおいて「配信者」と「視聴者」が通話の実況に使われたりします。

Twitter(2008年~)

Twitterもインターネット普及によって「出会い」の活用がされはじめたツールと言えるでしょう。

140文字限定で世界にたいしてつぶやきを発信できるサービスとしてリリースされましたが、コミュニティ形成機能がなく、あくまでもフォローという行為によって個人が個人と繋がるといった使い方がされていました。

しかしながら、徐々に援助交際募集などにも使われ出し、TwitterのDMを通じて「出会い」を見つけるユーザーも増えました。

マッチングアプリ

恋活アプリとも呼ばれます。

「タップル誕生」や「Pairs」は2014年にリリースされ、順調に会員数を伸ばしています。

「出会い系サイト」や「出会い系アプリ」とは違ったクリーンなイメージを出すために「恋活」を全面に出しており。こういったイメージ戦略によって出会いを求めることへのハードルも下がり、アプリを通じて出会うことは一般化しました。

パパ活アプリ

パパ活という言葉が話題になりはじめたのは最近ですが、実は2014年ごろからリリースされています。

SugarDaddy(シュガーダディ)やpaters(ペイターズ)が有名で、パパ活女子が身体の関係なしのデートや食事、買い物を行い、パパはお小遣いを提供するという建前になっていますが、実態は身体の関係を持つことも多いです。

2011年頃からインターネットでも存在していた「交際クラブ」「デートクラブ」がアプリになった感じですが、かなり高い条件を求められ、面談によって入会の可否が決定されるこれらの「交際クラブ」とは違ってかなりカジュアルなものとなっています。

もともと「交際クラブ」はいわゆる愛人捜しの場でしたから、それが普通のサラリーマンでも利用できるようになったと言えるでしょう。

まとめ

今回は80年代から2018年までの「出会い系」についてまとめてみました。

歴史を追っていくと分かるとおり、以前より「出会い」は多くの人に求められてきたわけです。

そして、技術の進化と法規制によって繁栄と衰退を繰り返してきたのが今ということです。

結論を言ってしまえば「出会い系」はこれからもますます広がり活性化していくことになることは間違いありません。